ベティの雑記帳

つぶやき以上ブログ未満

アポ爺とマニュー婆

 静岡の中小企業の機械設計者から JAXA宇宙科学研究所の博士課程学生へという大きな軌道変更を決意するに至った最大の理由は,”哲学のある研究者“になるためであればこれからの人生のすべてを賭ける価値があると考えたからである.


 これまでの宇宙工学によって実現した技術が人々の生活様式へもたらした変容や宇宙科学そのものが人々の価値観へ及ぼした影響は計り知れない.これからの宇宙工学はさらに多くのモノやヒトを宇宙へと運び,それによって地上の人々にもさらに大きな変容や影響を及ぼすに違いない.しかしながら,”夢“や”ロマン”といった言葉で宇宙開発の意義を説明できる時代は終わりに差し掛かっていると私は考えている.


 2023 年夏を目処に改訂が予定されている「宇宙基本計画」において”宇宙安全保障”施策の推進が第 1 項に掲げられているように,宇宙空間の利用は地上における複雑な安全保障問題ともはや無縁ではいられなくなっている.[1] 衛星破壊実験は,宇宙空間の安全を脅かすのみには留まらず,軌道上に残された人工衛星やその残骸である「スペースデブリ」の数を増大させ,”宇宙環境問題”と呼ぶべき懸念を引き起こしている.米国では 2015 年に「宇宙資源開発利用法」が制定され,2021 年には日本もこれに続いた.1967 年に定められた「宇宙条約」および 1979 年に定められた「月協定」では明確に禁止しているとは言い難いこの立法が道徳的にも公平なものと言えるのか,”宇宙資源の所有論”についての議論が求められている.[2]


 「科学の進歩は 一個人 一企業 一国家のものではない(中略)進歩は 真理 正義 美に向かって魂を高めないかぎりその名に値しない」というのは,「月世界旅行」などを遺したフランスの小説家ジュール・ヴェルヌの言葉である.科学技術はただそこに”存在”するのみであり,どれを役に立つものとしてどれを役に立たないものとするのか? 役に立つと判断したものをどのように使いこなすのか? そうした”問いかけ”は研究者を含めたすべての人々へと向けられている.

 

 私の考える”哲学”とは,偉大な哲学者の思想を追いかけることでも,議論や執筆に明け暮れることでもない.みずから進んで手を動かし,体を動かしながら,モノやヒトとの対話を通して”より新しい見方”や”よりよい考え方”を追い求める姿勢のなかに本物の哲学があるように思う.


 そのような哲学の姿を捕らえるためには,前項に述べた「自分の研究について誰よりも考えつづけること」と「相手の専門性に応じて自分の研究を伝えること」の 2 つが極めて重要な資質であると考えている.


 「自分の研究について誰よりも考えつづけること」の観点からは,研究所内のシンポジウムなどへ積極的に参加し,宇宙科学にまつわる理学・工学の諸分野の最前線について理解を深めたい.それによって,みずからの研究テーマを深化させることのみに満足せず,自分が関係するミッションの全体を見渡す視点を併せもてるようになりたい.


 「相手の専門性に応じて自分の研究を伝えること」の観点からは,国際会議での研究発表を行うことで海外の研究者や学生との積極的なコミュニケーションを図りたい.学会発表によって鍛えることのできるコミュニケーションの瞬発力は,”より新しい見方”や”よりよい考え方”を取り入れるために必須となる.また,これまでのミッションの成果から宇宙科学研究所の活動は社会的にも大きな注目を集めているため,子どもから大人までの宇宙に興味をもつ方々に新たな驚きを感じてもらえるように,アウトリーチ活動にも主体的に携わってゆく.


 このように,「宇宙科学研究所」という環境がもつ特徴を最大限に生かし,博士課程学生ながらも JAXA の一員としての責任感と倫理観をもって積極的な研究活動を行っていくことを,かつて「きみっしょん」に参加していた高校 1 年の自分に約束しようと思う.


参考文献 1 宇宙開発戦略推進事務局.“宇宙基本計画(案)”.内閣府.2023-04-17.
https://www8.cao.go.jp/space/comittee/dai105/siryou2.pdf,(参照 2023-05-04).
参考文献 2 伊勢田哲治,神崎宣次,呉羽真編.宇宙倫理学昭和堂,2018,283p.

 

【ひとこと】

 昨年のJSPS DC1の申請書から一部を抜粋したものです。ここで公開してもしなくても同じ文章を使い回すことはできないし、そもそも書くということ自体はけっこう好きなので、今年はもうちょっといいものを書けるように頑張ってみます。