ベティの雑記帳

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『天王寺ハイエイタス』伊与原 新

6つの短編が収められた『月まで三キロ』(新潮社)の4つ目がこの作品だ。物語の舞台は浜松、東京、北海道ときて、筆者の出身地である大阪に移る。冒頭から生き生きとした会話が繰り広げられて、関東出身の自分でさえ、目で追った文字が変幻自在なアクセントとともに頭の中で聞こえてくるような感覚になる。

 

30歳を目前にして独身。そして次男。主人公は「どうしようもなさ」を抱えているように見える。周囲や自分に誇れるような何かを成し遂げることなくこの歳まで生きてきてしまったという後悔、自分の将来の道筋はもうほとんどはっきりしているのにそれを素直には受け容れたくないという抵抗、兄と比べられるたびに少し嫌な気持ちになりながらも自分自身でも兄と自分を比べてしまうことへの嫌気、そういったものが複雑にからまった「どうしようもなさ」である。

 

そこに「ハイエイタス」にまつわるささやかなドラマが起こる。これもまた地球惑星科学の用語だ。地球惑星科学は時間的にも空間的にも規模の大きな現象を扱っている。もしかすると、その概念を持ち込むことによって主人公の抱えているものを相対化して、あたかもちっぽけなものに思わせてしまうことはあまり難しくないのかも知れない。

 

しかしながら、伊与原ワールドに何万年というスケールの時間が持ち込まれるとき、それは登場人物たちの人生にぴたりと重なる。時間軸の尺度が大きく異なる出来事どうしが見事にコンボリューションしてしまう。そして、登場したすべての人物の生き様がなんだか愛おしいものに思えてくる。

 

小説は問いを見出すためのものであって、答えを出すためのものではないと思っている。この物語でも主人公に何らかの答えが与えられた訳ではないが、その「どうしようもなさ」は確実に解きほぐされているのが分かる。それを読者として見守っていた自分のなかの「どうしようもなさ」もまた、少しだけ解きほぐされていくような気がした。

 

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