ベティの雑記帳

つぶやき以上ブログ未満

UFOにまつわる記憶 #1

 信号待ちになった途端、8月の蒸し暑さに取り囲まれて、僕はシャツのボタンをもうひとつ開けた。

 

 夏休みは昨日で終わってしまった。今日は始業式で、授業はなかったから、11時には下校になった。教室がいつにも増して騒がしく、僕はさっそく嫌気がさしてしまった。早く帰っても特にやることはないし、自転車をひたすら南に向かわせて、海を見に行くことにしたのだ。

 

 ようやく海沿いの小さな運動公園についた。そこには野球場があって、あと1日か2日だけ夏休みが続くであろう中学生たちが部活をしている。その様子を横目に見ながら、駐輪場に自転車を停めた。

 

 ここからすぐに松の防潮林を抜けて、砂で小高くなった防潮堤を上れば海が見えるのだけれど、僕はいつも数百メートルだけ西に歩いてから防潮堤を越えるようにしている。家族や友達と遊びに来た人がいることが多くて、なんだか気を遣ってしまうからだ。最近ではコスプレイヤーとカメラマンを見かけたこともある。せっかく暑いなか自転車を漕いできたのだから、なるべく人に会いたくない。

 

 ひとりになりたいと思ったときに決まって海へ行くようになったのは、たしか中学2年の頃からだ。いまの僕は当時の僕と較べたらずいぶんと変わってしまったけれど、海はずっと変わらない。もちろん、空は変わるし、風はもっと変わる。それでも、海はやっぱり変わらない。

 

 やっといつもの場所まで来て、僕は防潮堤の上から砂浜を見渡した。いつもと同じであるはずの海に、ひとつだけ違う所があった。あれは、UFO?

 

 ときおり砂浜の凹凸に足を取られながら近付けば近付くほど、それはUFOだった。ざっくり言えば半球と円盤で構成されていて、色は光沢のない銀色。誰もが思い浮かべることのできるあれが今まさに僕の目の前にある。

 

 最初はかなりちっぽけに見えたが、それは砂浜があまりに広いからであって、近付いてみると結構な大きさがある。そう気付いたら、ちょっと怖くなってきた。

 

 まさかとは思うけど、もしこれが本物だったら。おもむろに浮上して地上に向かって強い光を放ち始めたら、逃げ切れるだろうか。そのまま地球には帰ってこられないかも知れないし、地球に帰してくれるとしてもキャトルなんちゃらされて内臓を抜かれてしまってはどうしようもない。「生きたい」なんていう大層な願望が自分の中にあるようには思えないけれども、だからといって今ここで死ぬのは勘弁してほしい。

 

 いまUFOまでの距離は20メートルくらいだろうか。僕はそれ以上近付くのをやめた。よく見ると円盤の上の球体の部分には等間隔に窓が開いているようだ。といっても小さな隙間のようなもので、こちらから内部が見えるようなものではない。そもそも、太陽系の外からはるばるやってくるような高度な技術があるのであれば、外部の様子はそんな隙間から覗いているはずがない。マイクロ波からX線ぐらいまでの各種カメラがあの中に並んでいるのだろう。

 

 工業高校の生徒としては気になることは山ほどある。しかし、ここは自分の命が最優先だ。もう退却するしかないが、もっとよく観察したい気持ちも抑えられない。仕方がないので1歩ずつ後ずさりを始めた。

 

 なんだか、機体全体が小刻みに震え出したのは気のせいだろうか。確かに海からの風は強く吹いているけれど、それが原因でこんなに細かく振動するとは思えない。そうなると、このUFOは離陸寸前、キャトルなんちゃら待ったなしなのではないか。

 

 一刻も早く逃げよう、そう思ったのとまさに同時に、足許にあった小さな流木に踵を引っ掛けてしまった。僕は大きくしりもちをついた。ヤバい!と思ったそのとき、UFOがとんでもない動きを見せた。

 

 なんと、球の形をした上半分と円盤を含む下半分がパッカーンと上下に割れたのだ。UFOの動きとしてはあまりに予想外だったのだが、何故か僕はこの光景に既視感があった。これは、サザエさんのオープニングだ!

 

 ただし、そこにいたのはサザエさんでもタマでもなく、制服を着た女子高生だった。

 

<続>